抑うつからのリカバリ_その8
記録がだいぶご無沙汰してしまった。。
前回の投稿が約1か月前か。。
現状は復職に向けて訓練しているところ。
やっている内容に意味があるのかは甚だ疑問だけれど、決まりなので従っている次第。
今回なんで休職に至ったのかの振り返りについては、時間をかけてやっている。
未だ思い出したくない記憶なのだけど、再発しないために必要とのことでこれまた仕方なくやっている。
思い出す
↓
書く
↓
翌日また振り返る
の繰り返し。
繰り返しする必要はないのかもしれないけど、今まで思い出すという行為を敢えてしてこなかったので
書いた内容は本当に当時の気持ちなのか?
記憶違いなことはないか?
新たに思い出したことはないか?
という点で繰り返し振り返っている次第である。
思い出しながら、ああ当時はこんなこと思っていたなあとか蘇る記憶。
どうしてその流れになったんだっけ?
自分が調子悪くなったきっかけは?
ほかにできることはなかったんかな?
ここまで真面目にやる必要はない気もするけど、これまた自分の性格がそうさせてしまう。
振り返ったところで自分でできることはやってきたつもりなので、再発は防げないんだろうなって、
面談時に黙る人は多そうだなという気もしてる。
しかし、、、、
振り返るのはつらい! しんどい! 思い出したくない! このままこの記憶は封印したい!
そんな気持ちに駆られる。
当時の気持ちを思い出して、しんどくなって、涙して。
こんな思いして振り返る必要ある?
何のために休業してんのよ?という思いもよぎる。
落ち着け、わたし。。
そんな時は振り返るのをやめて、違うことをした。
映画を見たり、興味のある本を読んだり。
それから自分の考え方が偏っていないか、認知行動療法のワークブックをやってみたりもした。
翌日書いた内容を振り返ってみると、うーん、本当にそうだったかな?真相はもっと違うのでは?とも思えてくる。
その繰り返しをして、今のところ当時思っていたことが書けてきた気がする。
性格
復職するにあたって、どうして抑うつ状態に陥ってしまったのか振り返るステップがある。
表向きというか、再発防止的な感じで表面的な振り返りをしてもいいのだけど、自分としてはもっと深層を探らないと再発してしまいそうな気もするのと、自分の性格的なこともあるのでやる気がある時はやってみようと思う。
休業直後は表面的な思い浮かぶことがたくさんあったけれど、時間を置いてみると実はもっと根深いところにも原因があると思えてきた。
そして浮かぶのは決まって子どもの頃の記憶。人の性格ってのは、少なくとも記憶に残ってる分は後天的に作られたものなんだろうなと思う。もちろん持って生まれた性格ってのもあるのだけど。
記憶に残る母はだいたい怒っている。
もしくは怒鳴っている。私の父に向けたものが多いけど、時には私、時には兄に、時には他人に。
いきなりトップギアで怒る。もしかしたら段階があったのかもしれないけど、その時点では伝わらなかったのかもしれず、ギアを上げることにしたのかもしれない。
両親は大抵不仲だった。
1ヶ月のうち3/4は一方的な罵声か、罵り合い。なんでまあそう何度も同じネタでケンカできるんだろう?と子どもながらに思っていた。
父は普段は言葉少なく物静か。
年が離れてる兄はほぼ家にいない。
家は心休まる場所であるはずなのに、両親が揃うと家の中は苦痛しかない。
いつかどっちかが死ぬかもしれないな。
力では母勝てないから、そんなことにならないように、ケンカの最中でもリビングを離れることはなく、事件が起きることがないように、できるだけ留まった。一度だけ恐怖で隣の家に駆け込んだ時、母は救急車で運ばれていた。
そんな家、普通じゃないことはわかってたけど、両親にケンカをやめてほしいと言っても「そんなことどこの家にもあることだから」と言う。友達にも相談できるわけもない。こんなしょっちゅう罵り合いをしていて不仲な家のどこが普通なのか?と思っていても、田舎だし子どもだから逃げる場所もない。
そんな月日を過ごすうちに(と言っても今思うと6年くらい。長いように感じたけど、実は短いんだな)、母と共依存になったのかもしれない。
両親のケンカは、建設的な意見を取り交わすことなくお互いに罵り合うだけだったから、私は大きな声や争いが本当に嫌い。
そんなことをするくらいなら、黙って従う方が平和。そういう諦めがあるのは確かである。
どうしても譲れないことやおかしいなと思うことには意見をするけど、大抵歩み寄る。
この記憶、掘り起こすだけでもかなりシンドイな…
今朝こんな記事を読んだ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/dfecc39724aee9a22bf92b3cd0a8358ca380b5ff
東出氏の記事。
記事には、「人は変わる」ということが書かれてた。
オットにも2.3年前に「人は変わるんだよ」と言われたことがある。
人は変わっていいのか…!と衝撃だった。
母は意見が変わることが大嫌い。
だから以前言ってたことと言ってることが変わってる人に嫌悪感を抱き、それを私にぶつけていた。そんな積み重ねから、人は変わってはいけないとどこかで思いこんでいたのだと思う。
その時の環境、周りを取り巻く人、体調、年齢、総じて状況が変われば人は変わるのは普通なことだと思う。そうじゃなければとっくにヒトは死んでる。
東出氏の記事に話を戻すと、
Abema TVでひろゆき氏とアフリカや南米を旅する彼を見て、真面目だなあと思った。
Abemaでの発言はあの時の発言で、人は変わるんだと。
そりゃそうだよね。
その方が自然だよ。
彼の正直さと強さに、羨ましく思う。
私は子どもに柔軟であれ、人が言うことは気にするなと伝えていきたい。
抑うつからのリカバリ_その7(回復してる・・・かも)
8月のある日、再診のためにクリニックに向かった。
今回で3度目だけれど、未だに電車を降りてからクリニックへ行くまでにGoogle Map先生に頼っている。
方向音痴というわけではない。
駅になじみが無さ過ぎて、電車を降りて適当に出た出口が毎回異なるのでどこにいるのかわからなくなるのだ。
「クリニックは何口から近いんだっけ・・」
そんなわけで駅に着くや否や、毎度Google Map先生の出番である。
正しい出口が分かれば、あとは地図不要。
記憶にある道を辿る。
前回の受診時には築かなかったビルやお店に気づく。
初診時もその次も雨が降っていた。
だから毎回外をじっくり見る機会なんてなかった。
「今回は初めて晴れたな」
そんなことを思いながら、クリニックに向かう。
受付を済ませて、待合スペースで待っているときのこと。
先生に話すことをまとめようと、メモを開いたその時。
そういえば前はクリニックに来るのに、いや、電車に乗るのに緊張して体がこわばっていたのに今回は気づけばクリニックの最寄駅だし、クリニックだし。
電車で座れたことが大きかったのかなあとも思った。
受診中、前回からこの日までの状態を話す。
クリニックまで緊張しなかったことも話す。
体がこわばることはもしかしたらバロメーターかもしれないと前回言われたことを思い出し、回復してきてるのかもしれないなと思った。
この間特別なことはしていない。
(いや、仕事をしていないってことは結構特別だ)
ただただ仕事から離れた。
家族と過ごした。
人と会う気はしなかったので、交流は必要最小限。
だけど、移動時に緊張しなかったこともあってか、友人に会ってみたいという気持ちが出てきた。
抑うつからのリカバリ_その6
これ以上仕事を続けることができない状態となった中、できていないことを別の人に残す罪悪感がありつつ
でも自分じゃもうできないから仕方ないと思うしかなかったあの頃。
子どもの保育園送迎だけは危険がない限り続けたいと思って、少し早めに迎えに行き
保育園の近くの公園で子どもを遊ばせた時のこと。
17時少し前。
いつもお迎えに行くのは18時半ギリギリ。
保育園からまっすぐ家に帰ることが多く、保育園帰りに子どもと公園で遊ぶなんて本当に久しぶりだった。
なぜかわからないけど、仕事帰りに公園によって遊べる。
そんな特別なことができたからなのか、子どもはとてもうれしそうだった。
ああ、息子の時は3歳になるまで時短だったから保育園帰りに公園に寄ったり
家に帰ってから公園に行ったり、家の前でストライダーをしたりしたなあ。
でも2度目の育休から復帰してから、そんなことほぼしたことなかったな。
何だかかわいそうなことをしたな。。
私は子どもの笑顔が見れれば、それでいい。
私が元気なかったら、子どもは笑顔になれない。
もっと自分を大切にしないとなあと思った瞬間だった。
周りを見渡せば、同じように子供を連れたお母さんが数人。
何の仕事をしている方なのかわからないけど、なんとなく会社員のように見える。
このお母さんもあのお母さんも、この時間にここにいるってことは時短なのかな。
保育園にはフルタイムのお母さんも多いから気づかなかったけど、意外と時短な人も多いんだな。
みんなその状態で満足しているんだな。
私は求めすぎたんかな。
抑うつからのリカバリ_その5
7月中旬は調子が悪かった。
考えたくなくても考えてしまうし、それを払しょくするために運動をするも、気分は晴れない。
4日その状態が続いて、困ったな。。。と思ったけれど、
「比例するように回復するのではなく、良くなったり悪くなったりを繰り返して回復していきます。なので決して焦らないでください」と産業医の先生から言われたことを思い出した。
まさに今がその悪くなったり、の時だなと思った。
そしてまた悪い癖が出ていた。
「〇〇しなければならない」といった考えに捕らわれる。
この考え方を変えないと、きっとまたつぶされてしまう。
周りはそんな風におもっていなくても、自分が設定する「役割」に勝手に押しつぶされてしまう。
割り当てられた仕事はやり遂げなければいけない
子どもの面倒をみないといけない
食事の用意をしなければいけない
・
・
・
XXしなければいけない
やらなければどうにもならないことをやっているつもりなのだけど、
XXしなければが積もり積もっていくと、逃げ場がなくなる。
やらないことも選択肢として取れ得るけど、やらなかったら被害を被るのが子供たちだったりするとそれはそれで心理的に負担。
だったら自分を犠牲にしたほうがマシ。
そんな考えが根底にある。
「〇〇しなければならない」に時間を割くので、自分の「〇〇したい」の感情にフタをし続ける。
ついには「〇〇したい」がわからなくなった。
そんなわけで、回復にはまず「〇〇したい」という気持ちを取り戻す必要があるなと感じた。
なのでやりたいことをまずやってみるという生活をしている。
自分を大切にするとは、まさにこのことだと思う。
抑うつからのリカバリ_その4
6月上旬、とあるクリニックにて初診。
クリニックの最寄駅を降りて、クリニックの場所を探す。
その駅は降りたことがない駅で、土地勘が全くないので地図アプリが頼り。
歩きながら気づいた。
そうだ、今は地図をまともに読み取る能力はないんだ。
地図アプリを開いているけど、どの方向に進めばいいのかわからない。
音声案内を有効にし、地図が指し示す方向と思うほうに進むけれど向きが逆。。
ダメだ。
迷うかもしれないと思って早く出てきたのだから、時間をかけよう。
そう覚悟を決めて探すこと15分。
駅から徒歩5分でたどり着くはずのクリニックに到着。
受付で初診の旨申告すると、申し訳なさそうな表情で受付の人が声をかけてきた。
まさか、予約が入っていないのか?
不安が過る。
「受付時間は1時間後になっています。それから今日はとても混雑しているので診察時間が後ろにずれる可能性があります。」
事前にクリニックの保健師の方と話した時はこの時間でとのはずだったんだけどな、、それとも今はポンコツ期だから聞き間違えたのか?
ともあれ、1時間も早く来てしまったのか。
いずれにせよ、ポンコツ具合に笑えてくる。
初めての場所に来たことだし、街を散策しようかとも思ったが、そんな気力もないのでコーヒーでも飲んで時間を過ごすことにした。
1時間後、再びクリニックに戻る。
今自分がポンコツであることは自覚しているので、事前に話したいことはまとめてスマホのメモにまとめてきた。
今の自分の記憶力は一切アテにならない。
何なら聞き取る能力も怪しい。
会社の保健師にも上司にも、クリニックの保健師にも話したことなので、同じことを話すのは4回目。
だけど事前に保健師の方に話したからなのか、症状以外の詳細は聞かれなかった。
気分が常に落ち込んでいること、眠れないこと(夜中目覚めてしまう)、食欲がない、何事もやる気がおきない、
なんと表現したらよいのかよくわからないけど、時々何かに追われるような襲われるような気持になること、そうなると蹲るしかできないことを泣きながら話した。
これまた事前に泣くかもと伝えていたので、「遠慮なく」と箱ティッシュを渡された。
受診時の私の状態は、「抑うつ状態」とのこと。
「うつ病の一歩手前です」と。
「一般的にこの状態から脱するには、
1.休息
2.投薬
3.カウンセリング
の3本柱で状態を整えていきます。今はとにかく健康状態を取り戻すために休業しましょう。診断書を書きます。」と医師。
急速に進む展開に少々面喰いながらも、「診断書って会社に出したら休業できるものなんでしょうか?」と頭の中に過った疑問を医師にぶつける。
「中小企業だと診断書出したところで”それがどうした”と言われる担当者の方もいるんですけど、そちらの会社なら制度や規則がきちんと整っているので人事部に提出したら休業となるでしょう。」
そういうものなんだ・・・
とはいえ、本当に業務を離れられるのかは上司と話してみないとわからないな。。
そんなことを考えていた。
考える力も、決断する能力も欠如している状態で。
私は一体何を心配しているのだろう。
「とにかく、今は眠れるようになること。そうしないと健康は取り戻せません。」ということで、毎日寝る前に飲む薬を1錠処方される。
30分ほどかけて色々話した後、診断書と処方箋を渡され、会計を済ませてクリニックを後にする。
会社の保健師の方には、診断書をもらったら連携するように言われていたので
診断書の写真を撮ってメールで送付した。
自分の上司にも診察の結果を連携するように言われていたので、診察結果を伝えた。
「体調不良のところ申し訳ないけれど、引継ぎだけはするようにしてくださいね」との返信だった。
その日が金曜日だったので、会社の保健師の方から連絡があったのはよく月曜日だった。
人事部に診断内容と診断書を連携したので、そのうち連絡が来るとのこと。
引継ぎが終わり次第、速やかに休業に入るようにとの指示だった。
抑うつからのリカバリ_その3
「設計に関して、顧客の血迷いごとに付き合っている暇はないんですよ」
外注先の管理者が放ったセリフ。
耳を疑った。
設計に必要な要素が確定しなければ、請負範囲である設計作業は進まないだろうが。
決めるために必要な情報は出さないとでしょ。
思っていることをそのままボソッと私に言ってくる輩は多い。
無害な空気だと思われてるんだろうか。
否、確実に舐められるのである。
性別の違いが全てではないだろうけど、相手が男性でゴツイとか怖そうな人だったら絶対に言わないよなってことをペラペラ話してくる。
そういえば、会社の女性の先輩も同じような経験が多々あるって言ってた。
女でチビであることの不利益よ。
見た目がゴルゴ13だったら、こんな思いしなくて済むのに。
外注先の管理職の工数も見積内に入っているわけだが、堂々と職務放棄をしてくる。
メンバーはその管理職に従うという従順さ。
そのロイヤリティーは立派なんだけど、職務に忠実であれ。。
こういう会社が下請け層には存在するのか。
仕事をしてもらうのにイチイチ手間がかかる。
そして出来上がった成果がすこぶる悪い。
悪質な下請けから守ってくれる法律はないのかい?
仕事中に涙が出てくることの次に起きたのは、眠りが浅さ。
夜中に目を覚まして、朝まで眠れない。
眠れないから、頭がぼーっとするし、頭痛もする。
それでも休めない。
やることはたくさんあるんだ。
子どもの朝の送り出しまでは準備して、なんとか仕事を始める。
日常的にボーっとすることが増えた。
正常に仕事ができる状態を10とするなら、毎日のように1ずつカンカン数値が下がっていく。
最後は2か3のレベルで仕事していたと思う。
お客さんとの定例で、話していることが頭に入ってこない。
質問されているのに、質問の内容がわからない。
「すみません、もう一度お願いできますか」
これを2度ほど繰り返し、3度目でようやく回答できた。
言われたほうもイラついているのが手に取るようにわかるし、周りはザワついていた。
でもそんなこと気にしている余裕はなかった。
「とにかく前に進めなければ」
この考えでいっぱいだった。
オットからの助言で、社内の相談窓口に健康相談をすることにした。
こういう状態だと、相談窓口があることすら思いつかない。
それほど頭が動いていなかった。
幸いなことにすぐに保健師の方がメールの返信をくれ、zoomで相談することになった。
と同時に上司にも今の状態を話すことにした。
保健師の方は丁寧に話を聞いてくれた。
精神的に正常ではない自覚があるので、泣きながら話すことになると思うと事前に伝えておいたが、その通りに泣きながら状態を話した。
その様子から、直ちにクリニックに会社経由で予約を取ってくれた。
受診が実現したのは6月上旬。
一方上司には、これ以上仕事が続けられる状態ではないと伝えた。
4月に異動して上司になったばかりなのに、驚いただろう。
その点が申し訳なさ過ぎて、何とか仕事を続けられないだろうかと考えてみたけれど
眠れない頭では役に立つとは思えない。
簡単な数を数えることすらうまくできなかったのだから。
相変わらず夜中2時に目が覚めたら朝まで眠れない。
頭は常にこめかみ辺りがギンギンしている。
食欲はない。
体まで壊して子供たちのお世話ができなくなってしまうのだけは避けたかったので、食事はできるだけとるようにした。
嫌だ嫌だ。あの時(産後)みたいに家族みんなに迷惑かけたくない。
これ以上の悪化は免れたい。
もはや仕事なんてどうでもいい。
一方で、
「時短だから」「子持ちだから」とか揶揄されても気にしないフリして仕事して、
フルタイムと変わらずに成果を出すことをしてきたのに、ここで崩れてしまうのか。
積み重ねたものが・・・
という謎の考えも存在していた。
家族・健康 >>>>>>>> 仕事
であることは明白なのに。
欲張りなんかな。